大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2540号 判決

控訴人 内藤賢信

同 高瀬宏一郎

右両名訴訟代理人弁護士 林信一

同 皆見一夫

同 松本史郎

同 中川晴夫

右四名訴訟復代理人弁護士 中嶋俊作

右両名訴訟代理人弁護士 太田哲郎

被控訴人 兵庫県

右代表者知事 貝原俊民

右訴訟代理人弁護士 奥村孝

右訴訟復代理人弁護士 中原和之

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人は控訴人らに対し、各金一四〇万九一六六円及びこれに対する昭和六一年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正等するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏一〇行目「原告らは、」の次に「不知火建築事務所長鎌船光則(以下「鎌船」という。)を代理人として」を加える。

2  原判決三枚目表二行目から同末行までの4を、

「4 被控訴人の社土木事務所(以下「社土木」という。)職員市橋孝夫(以下「市橋」という。)は、昭和五八年一〇月下旬、社土木で鎌船に対し、前記申請は法三四条八号に該当する建築物(以下「八号店舗」という。)としては施行令二九条の三第一号に規定する道路の円滑な交通を確保するために適切な位置、つまり市街化区域からの距離が概ね五〇〇メートル以上(開発許可制度の運用)の位置になかったため許可は無理であり、法三四条一号に該当する建築物(以下「一号店舗」という。)として申請すれば許可される可能性もあるが、その場合には総床面積を五〇坪程度に押えなければ無理であると指導した。

鎌船は、右の指導に従い、昭和五八年一一月二日、前記申請を取り下げた。」と改める。

3  原判決三枚目表末行の次に、

「5 その後、鎌船は、右の指導を考慮して総床面積三一〇平方メートルのレストランとラーメン店を複合させた飲食店の図面を作成し、控訴人内藤及び鎌船は、昭和五八年一一月ころ、右図面を持参して、総床面積三一〇平方メートル程度の飲食店を建築できるかどうかについて、控訴人内藤と個人的親交のあった東播財務事務所の副所長を通じ、社土木の参事別所某と市橋に打診したところ、右の総床面積では絶対に許可できない旨の明確な指導を受けた。このため、控訴人らは本件事業への希望を失いかけた。」を、同裏一行目の「5」を削除し、続く「原告ら」の前に「そうかといって」をそれぞれ加える。

4  原判決四枚目裏二行目「衣笠」の次に「から飲食店の建築に必要な都市計画法上及び建築基準法上の許可申請の依頼を受けた訴外株式会社大和一級建築設計の事務所長訴外西川正一(以下「西川」という。)」を加え、同四行目から五行目にかけての「フリーパス」を「再三にわたり修正指導したうえ」と改める。

5  原判決四枚目裏六行目から同五枚目表一一行目までを次の通り改める。

「被控訴人が控訴人らに対してなした一連の指導、すなわち、市橋が昭和五八年一〇月下旬、鎌船に対して一号店舗であれば床面積が五〇坪程度でなければ許可は無理であると指導したこと及び別所と市橋が昭和五八年一一月ころ、一号店舗であれば総床面積が五〇坪以上であれば絶対に許可にはならないと指導したことは違法である。

何故なら、被控訴人は、総床面積四〇八・二五平方メートルの衣笠申請を許可しているところ、この許可が適法であるとすれば、控訴人らに対する一連の指導が違法であることは明らかである。

仮に控訴人らの許可申請を認めなかったことが違法でないとすれば、衣笠に許可したことは違法である。

被控訴人は、控訴人ら店舗と衣笠店舗とは、その設置目的、利用対象者、建物の構造等が相違していると主張している。

(一)  しかしながら、設置目的、利用対象者等については、社土木の指導に従い許可を得やすいように理由書等を提出しているだけであって、設置目的、利用対象者等は出店計画にとって非本質的な要素である。申請者が、理由書で市街化調整区域に居住する人を対象とした店舗としたいと述べても、実際に店舗を開業すればそれ以外の人、例えば道路を通過する人も客として右店舗を利用するのであって、いわば設置目的、利用対象者等の相違は形式的なものになっている。控訴人らは、本件土地に飲食店を出店することを計画していただけであり、それが一号店舗であろうと八号店舗であろうとどちらでも良く、控訴人らの関心は、もっぱら本件土地に飲食店が出せるかどうかと、採算ベースにあう営業規模が確保できるかにあった。したがって、控訴人らは八号店舗か一号店舗かには全く関心がなかったから、八号店舗で駄目なら一号店舗でどうかとの観点から行政指導があってしかるべきであり、控訴人ら店舗と衣笠店舗はその設置目的、利用対象者等が異なっているとは到底いえない。

(二)  構造の違いであるが、衣笠店舗は、本件土地を敷地として同一の建物の中に入っており、経営者も衣笠一人であって、実質的には三店が合体した一つの飲食店とみるべきであり、同一の建築物の中に複数の店舗が入ることは、同一の建築物の中の単一の店舗のメニューを増やすのと同じであり、一つの建物自体が一号店舗に該当するのであって、その規模を検討するには建築物全体を対象としなければならない。

仮にそうでないとしても、三店舗が別個の構築物になっている場合よりも、同一の構築物に入っている方が集客力が大きいのは自明の理であり、一号店舗は市街化調整区域の市街化を防止しうる限りにおいて許可しうるものであるから、衣笠店舗が「著しく大きい規模」かどうかの審査にあたっては、単に各店舗の床面積を比較するだけでは不十分であり、各店舗の床面積を総合して判断することが必要であった。

(三)  以上のように、衣笠店舗は、それ自体を一号店舗として審査対象にすれば許可するのは困難な事例であった。

しかし、衣笠から飲食店の建築に必要な都市計画法上及び建築基準法上の許可申請の依頼を受けた西川は、八八四番一の土地が既存宅地ではなかったかという情報を入手し、既存宅地であれば四三条一項本文の許可が不要となることから、社土木に対し、区長の記憶確認書、右土地の写真、登記簿、固定資産評価証明書等を提出して、右土地が既存宅地であることの立証に努めた。

そして、八八四番一の土地が既存宅地であったから、被控訴人は許可のため西川に再三にわたり修正指導したうえ、本来床面積の関係から許可が困難であった衣笠店舗に四三条一項本文の許可が与えられたといえるし、許可の要らない既存宅地であるにもかかわらず、都市計画法上の許可という形で飲食店店舗の建築を可能にしたのは、控訴人らに対するこれまでの指導と整合性をもたせるためであったと推認される。

すなわち、被控訴人は、本来考慮してはならない八八四番一の土地が既存宅地であった可能性があることを考慮して、衣笠店舗に許可を与えたものであって、この許可行為は違法である。」

6  原判決五枚目裏一行目から六枚目表一行目までを次のとおり改める。

「(一) 主位的主張

控訴人らの許可申請に対し、許可すべきであった(このことは、衣笠申請に対し許可していることから明らかである。)のに、許可しなかったことにより、控訴人らは飲食店の建築を断念せざるを得なくなり、左記の損害を蒙った。

(1)  敷金 二〇〇万円

控訴人らは本件事業を断念したため、本件土地の貸賃借契約を解除したが、鈴木に差し入れた敷金六〇〇万円のうち、二〇〇万円が返還されなかったため、同額の損害を蒙った。

(2)  店舗設計料 六〇万円

ア 県道官民境界協定申請一式四万円

イ 市道官民境界協定申請一式六万円

ウ 石積工作物確認申請 七万円

エ 建築許可申請 四〇万円

オ 工作物建築許可申請 三万円

これらの費用は、被控訴人の違法な不許可行為により、控訴人らの構想する飲食店の建築を断念せざるを得なくなったため、全て無駄な出捐となった。

(3)  農地転用に要した費用 二一万八三三二円

ア 農地転用分担金一一万八三三二円

イ 農地転用申請手数料 一〇万円

これらの費用も、被控訴人の違法な不許可行為により、控訴人らの構想する飲食店の建築を断念せざるを得なくなったため、全て無駄な出捐となった。

(二) 予備的主張

(1)  本件土地賃貸借契約は、八八四番一の土地上に床面積三一〇平方メートル程度の飲食店店舗を建築し、八八三番一の土地を右飲食店の屋外駐車場として使用する目的で締結されたものであったから、八八四番一の土地上に床面積三一〇平方メートル程度の飲食店店舗が都市計画法上の規制により建築しえなければ、表示された動機の錯誤により無効であるか、仮に要素の錯誤にあたらないとしても、隠れた瑕疵があることになり、八八四番一の土地上に飲食店店舗が建てられなければ契約を締結した目的は達せられず、控訴人らはそうした事情を知るよしもなかったのであるから、本件土地賃貸借契約を解除しうる立場にあった。

そうすると、控訴人らから賃貸人鈴木に支払われていた敷金六〇〇万円は不当利得として全額返還されなければならないし、一銭の賃料も支払う必要はなかったことになる。

ちなみに、鈴木は、一時は控訴人らに敷金は全額返還し、賃金は全く請求しない旨を控訴人内藤に話していた。ところが、被控訴人が床面積四〇八・二五平方メートルの衣笠申請の飲食店店舗を三四条一項一号に該当するものとして許可したため、鈴木は、控訴人らの庄面積三一〇平方メートルの飲食店店舗が法律上建築が制限されたものとはいえないから、錯誤により無効ということはできず、有効なものであり、したがって約定どおり経過賃料は支払わねばならず、当然敷金から差し引かれると主張するようになった。

(2)  控訴人らは不満を述べたが、同じ四三条の許可が衣笠店舗には認められたとの事実は動かしがたく、やむなく敷金二〇〇万円を差し引かれることとなった。

本来、許可すべきでなかった衣笠申請の店舗を被控訴人が違法に許可したことにより、控訴人らは、鈴木に対して主張しえたはずの本件土地賃貸借契約の錯誤無効、あるいは瑕疵担保責任を主張しうる利益を失い、結局鈴木の主張をある程度尊重せざるを得ず、敷金二〇〇万円相当の損害を蒙った。

(三) 控訴人らは、本件事業について全て二分の一ずつ出費しているから、損害額は一人につき各一四〇万九一六六円、すくなくとも各一〇〇万円となる。

よって、控訴人らは被控訴人に対し、損害賠償として各一四〇万九一六六円(すくなくとも各一〇〇万円)及びこれに対する弁済期後であることが明らかな昭和六一年三月一四日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

7  原判決八枚目裏一一行目の次に

「以上のとおり、控訴人らに対し、誤った行政指導はしていないし、控訴人ら申請の八号店舗と衣笠申請の一号店舗とでは指導の基準が違うのは当然であって、何ら不公平な取扱ではない。控訴人ら代理人の鎌船が申請したのは八号店舗だけであって、床面積三一〇平方メートルの一号店舗の具体的な計画案をもって社土木を訪れ、行政指導を受けた事実はない。

既存宅地の確認の手続きとは、都市計画区域に組み込まれる以前に既に宅地であったとの確認の手続き(四三条一項六号)であり、資料は申請者の方から揃え、その資料をもとにして県土木事務所長等が確認することになっているが、本件の場合には既存宅地として確認するに足る資料は揃わず、結局確認されなかった。この既存宅地の確認の手続きと四三条一項本文の許可の手続きとは全く別個の手続きであって、既存宅地であった可能性のあることは四三条一項本文の許可の要件ではないし、既存宅地の可能性があったことを理由に衣笠店舗に許可を与えたのではない。許可した理由は、三つのタイプの店舗のいずれもが構造的に独立しており、それぞれの営業面積は小さく、それぞれの業種のサービス対象、利用客、利用時間が異なることなどから一号店舗として許可するのに適当と判断したことによる。

なお、衣笠申請の店舗について、被控訴人は最終段階で西川から聞かされるまでは控訴人らが共同申請人であると思っており、むしろ控訴人らが抜けたことは意外であったし、抜けたのは控訴人らの自由意思に基づくものである。許可されるかどうかは申請人が誰かによるのではなく、店舗それ自体によって決まるのであり、仮に控訴人らが共同申請人に加わっていたとしても許可されていたであろうし、被控訴人が衣笠に競合する控訴人等を排除したことは一切ない。」を加える。

三  証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  控訴人両名は、飲食物の提供を目的とする事業を共同で営むため、昭和五八年九月二二日、鈴木から市街化調整区域内の本件土地のうち、八八四番一を店舗敷地用、八八三番一を屋外駐車場用として、期間三〇年、賃料一か月三八万円の約定で借り受けたものの、同地区内に店舗用建物を建築するには、四三条の許可を必要とした(同許可を要したことは当事者間に争いがない。)。

2  そこで、控訴人両名は、江ノ木建設を通じて、日頃その種の業務に携わっている不知火建築事務所長の鎌船に許可申請の手続を依頼した。鎌船は、控訴人高瀬の代理人として、昭和五八年一〇月二五日、八八四番一地上に法三四条一項八号該当の建築物(以下「八号建築物」という。)で、床面積三一〇平方メートルのドライブインの建築を目的として、被控訴人の担当機関である社土木事務所長宛の許可申請書を、その申請窓口である加西市に提出して受理された(同申請の事実は当事者間に争いがない。)。ところでそのドライブインの規模は、客席数一〇〇の店舗と四五台の駐車スペースを擁するもので、明らかに市街化調整区域の付近住民を超えた広域住民を対象とする沿道サービス施設であった。

元来市街化調整区域は、無秩序な市街化を防止する施策の一環として、市街化を抑制すべき区域とされているのであり(法七条)、建物の建築も、同調整区域内に居住の住民を対象とするサービス施設に限り、必要な限度で許容されることになる。しかし、ドライブインの施設は、広域サービス施設として、施行令二九条の三に規定する道路の円滑な交通を確保するために、適切な位置に設けられる休憩所として、市街化区域から五〇〇メートル以上離れていなければならないとされており、運用基準も同旨であるところ、右申請では市街化区域から五〇〇メートル以内の立地であった。それに、この種の申請では、申請前に社土木の担当課と協議する運用であったのに、その手順が踏まれていなかった。そこで、加西市都市計画課の職員は、鎌船に対し被控訴人の担当課である社土木に行って協議するように勧めると共に、社土木の市橋に同申請の問題点を伝えた。

3  そこで、鎌船は、別の用件で社土木に赴いた機会に市橋と会い、右申請の件で同人の意見を求めたところ、運用基準に合わないので許可できない旨の意見が述べられた。鎌船としても、指摘の問題点があることを承知しながら、例外的に許可されるかも判らないと期待して、一応申請したという経過であったから、その意見に接して申請を断念し、同年一一月二〇日未だ社土木事務所長への進達前の右申請を任意に取下げた(取下げの事実は当事者間に争いがない。)。そして、鎌船は、江ノ木建設に対し不首尾に終わった旨の報告をしたところ、同建設から一号店舗でないと駄目というのであれば、一号店舗の喫茶店として許可申請するように依頼された。

4  鎌船は、その数日後、事前協議として床面積が一〇〇坪以上の店舗図面を持参して社土木の市橋に面談し、本件土地で喫茶店用建物の建築が許可されるかを打診し、併せて同調整区域内の周辺住民の日常生活に必要なサービス施設である一号店舗の一般的な許可基準について意見を求めたところ、同人から前者については少し大きいとの感想を述べられ、後者については一般的な基準はないものの、昭和四四年一二月四日付建設省都市計画局長及び都市局長通達により、著しく規模の大きいものは原則として認められないとされている点や、従来の事例を参考にするようにとの説明があった。後者につき鎌船が重ねて床面積の大きさを尋ねたところ、市橋は、五〇坪以上でも許可したことがあったため、五〇坪を大体の目安と説明した。

5  その頃、かもよしの代表取締役である控訴人内藤は、鎌船を同伴し、知り合いの社財務事務所(当時は東播財務事務所)副所長と共に、社土木の参事兼副所長別所久夫及び市橋と会い、前記申請の際の計画図面を示して本件土地に郊外型のドライブインを建てたいと相談を持ちかけたものの、同人らから前記立地上の問題点により許可できない旨、一号店舗なら可能である旨の説明を受けた。

以上の経過から、控訴人らは、所期の目的を達するためには、床面積一六〇平方メートル位の喫茶店とそば・うどん店の建築を個別に申請し、許可された両建物を繋ぎ合わせて一戸の建物にするほかないと考え、鎌船にその線に添った申請を依頼した。

6  そこで、鎌船は、昭和五八年一一月一五日、控訴人高瀬の代理人として加西市を経て社土木事務所長に対し、本件土地のうち八八四番一の地上に床面積一五九平方メートルの喫茶店の建築許可申請をして、翌五九年一月一一日付けで許可を受けた(この事実は当事者間に争いがない。)。

次いで、鎌船は、同年三月五日、かもよしの代理人として加西市を経て被控訴人に対し、本件土地のうち八八三番一の地上に、床面積約一六〇平方メートルのそば・うどん店の建築許可申請をして、同年五月二八日付けで許可を受けた(この事実は当事者間に争いがない。)。

7  かくて控訴人らは、右二つの許可に基づき一戸の建物としての機能を果たす建物の建築設計をする段階にまで達したものの、その遂行に熱意を失いかけていた。そのことを伝え聞いた衣笠は、該事業の引き継ぎを希望して参加し、その後、推進役になって株式会社大和一級建築士事務所長西川を代理人にして、同年七月二六日、社土木事務所長宛に、八八四番一の土地については控訴人高瀬と衣笠を、八八三番一の土地についてはかもよしと衣笠を、それぞれ共同申請人とする二件の建築基準法六条一項に基づく建築確認申請書を窓口である加西市に提出した(この確認申請の点は当事者間に争いがない。)。その申請内容は、右両土地が接する部分をそれぞれの敷地にし、両建物が実質的に一つの建物として機能するように接続させるというものであった。

ところで、本来右の確認申請者は、四三条の許可を受けた者と同一人でなければならないのに、右申請では異なっていること、二つの敷地について各別に受けた四三条の許可による建物を、両地にまたがる一戸の建物とすることは、各別に許可を受けた趣旨に背反し、同許可を無にするものであったし、逆に右一戸の建物の建築許可が欠落していることに帰するものであった。

この見地から社土木の参事兼副所長の井上(別所の後任)と市橋が、それらの問題点を指摘して西川に対し、各申請を取下げるように勧めたところ、西川はそれを受け入れて取下げた。

8  しかし、西川は、立地上の制約を考慮しながら、その後も控訴人ら依頼者の所期の目的を達する方法を模索するため、従業員を介するなどして再三社土木の井上や市橋に打診し、同人らもその趣旨に添って検討していた。例えば、その間に西川から八八四番一の土地が四三条の許可を不用とする既存宅地(同条一項六号ロに該当)ではないかと問題提起され、社土木では若しそうなら控訴人らの計画が自由に実現できるとの見地から調査したものの、確証が得られなかった。

その頃になると、控訴人らは、資金その他の事情から本件土地での事業を断念し、鈴木の承諾を得て、衣笠との間に賃借人の地位の譲渡と、控訴人らが投下した費用を同人が肩代わりする約定が成立した。したがって、爾後西川は、衣笠のため申請手続きを進める運びになったところ、そのうち新たに一号店舗の案を作出した。その内容は、一号店舗としては規模の大きいものであったが、焼肉店、喫茶店、ラーメン店の三業種が併存するタイプであった。西川は、何回か社土木の井上や市橋と事前協議の機会を持った。井上らは、市街化を抑制すべき地域内のことであるから、積極的に示唆することをなるべく控え、許可の運用基準に即して意見を述べるにとどめたが、西川はそこからヒントを得るなどして、店舗の一部を倉庫にしたり、店舗敷地を八八四番一の土地だけにするなどの修正を経て、共通する厨房を加える延べ床面積は四〇〇平方メートル余であるものの、三業種の店舗は、それぞれ営業面積が一〇〇平方メートル程度で、廊下を隔てて独立し、利用客、営業時間が異なるため、延べ面積にかかわらず市街化調整区域内の付近住民の日常生活に役立つサービス施設として、一号許可相当の域に達した。

右井上及び市橋は、この段階で衣笠単独申請になることを知り、後日に予想されるトラブルを避けるため、その申請の際に控訴人らに異議がないことを示す念書を添付するように指示した。かくて、西川は、昭和五九年一〇月二四日加西市を通じて右趣旨に即した申請をして、翌一一月八日付けで許可を得た(この許可の点は当事者間に争いがない。)。

《証拠判断省略》

二  本件のごとき市街化調整区域内の開発行為について、許否の権限を有する機関に属する職員が、その権限を背景として実施している行政指導は、それをなすことが法令により義務付けられているものではない。しかし、所管の事務の円滑な遂行に資するため、自由な裁量により行われているものと解される。したがって、まず特段の事情がない限り、行政指導をなすべき作為義務を負担するものでないことはいうまでもない。次に、このような観点からなされる行政指導は、その内容が法所定の許可基準に照らして過ったものであるとか、その方法が客観的に観察して、申請者側の意思を抑圧して不本意に申請を断念させるものであるとかの場合には違法であり、そのために相手方に損害が生じたときは、その機関の属する庁は、国家賠償法一条による責任を負うと解するのが相当である。

この見地から右認定事実に基づいて本件につき考察すると、社土木の職員が控訴人側になした行政指導には、何ら違法と目すべき事情は窺えない。もとより社土木の職員が、本件において控訴人らの意図に即した行政指導をなすべき作為義務を負担すると解しなければならない特段の事情も認め難いというべきである。

なお、控訴人らは、衣笠店舗に対し、本来許可すべきでないのに違法に許可した旨主張するが、前認定のとおり、衣笠店舗は一号店舗としての要件を備えていたと認められるから、控訴人らの主張は失当である。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人らの本件請求は理由がない。

三  以上によれば、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田眞 裁判官 福永政彦 古川行男)

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